2017-10

あれから22年・・・

旧店舗
4月19日はジャンヌダルクの創業記念日でした。1991年だったからちょうど22年。36歳だったなぁ。「根拠のない自信」だけはあったなぁ。家賃が10万、国金が10万、機械のリース代が10万の合わせて30万毎月5年間支払ってたなぁ。今思うと無鉄砲だったけど、よくやったなぁ。若かったんだな。2人共大病も怪我もしなかったからやってこれたんだ。嫁さんが病弱だったり、事故などで入院なんてことになってたらお手上げだったなぁ・・・。何でもそうだけど、「健康が一番」だ。「無事これ名馬」だ。子育てもしながら家のことも、店のことも売上の管理や業者さんへの支払いの事とかもつつがなくやってくれました。感謝しております。(夫婦喧嘩はしょっちゅうだったけどネ)何年か前のサラリーマン川柳に「タバコより身体に悪い妻の愚痴」というのがあって、「あぁ、うちだけじゃねェんだなぁ」って思わず笑ってしまった。
 「変わる世の中変わらぬ鉄則は世の中変わっていく」ということ。創業当時は、近くに聖和学園やデザイン学校があり、お向かいにもスーパーがあり「5の市」にはたくさんの人でにぎわってました。その流れでうちの店もお陰様で売上はありましたね。しかし時は移り、聖和学園やデザイン学校は移転し、スーパーは無くなり、すっかり閑散としてしまいました。当然、売り上げはダウン。1日約3万円ぐらいダウンしたかな。3万っていったら大きいよね。月間で約75万だもんね。自分の給料が飛んだことになる。でも、その間にシダックスからオファアーがあったり2002年のワールドカップのイタリアのカーサアズーリからの注文があったり、(この時は最初はお断りしたのです。1日5・6本しか焼いてないバゲットを毎日100本一か月焼いてくれといわれたので。店の仕事もしなくちゃなんないし窯のキャパシティのこともあるし無理ですと。でも間に入ってた本間青果の人に「江刺さん今何歳?って聞かれて、はい、47歳です。じゃあと30年生きるとしてワールドカップは7回しかないんだよ、生きてるうち日本で開催することはもうないんだよ、これは名誉なことなんだから何としてもやってくれ」って説得されてしまった。本家のル・モンドにも手伝ってもらった。
約1ヶか月とちょっと。3200本ぐらいのバゲットを焼いたなぁ。自分では一生分のバゲットを焼いた感じだったなぁ。6取り展板の2枚差し2段の窯、1段は蒸気出ないやつ。工夫しながら蒸気を入れて焼いた。
今思うと、よくやったなぁって思う。あの設備で、店の商品も作りながらよくやったなぁって。アルバイトの及川香織さん(今、日下香織)も夜遅くまで付き合ってくれた。感謝してます。この時の最大の「学び」は「自信」です。やればできる、工夫すれば何とかなるという「自信」です。
しかし今現在、、新店舗の窯はドイツ製のミベ社の6取り4枚差しの4段窯だけど、もう一回やってくれと言われても俺はもうそんな気力は無いな、息子に任せるわ。(笑い)
ま、そんなこんなで22年いろんなエポックがあって今があります。今までジャンヌダルクを支えてくださったお客様はもとよりその時々の従業員の方々に感謝・感謝です。ありがとうございます。
    お知らせ5月5・6・7日はお休みいたします。

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只今ジャンヌダルクでは共に働いてくれる製造スタッフを募集しております。
明るく健康で何よりもジャンヌダルクのパン・お店を好きでいてくれる方。
やる気好奇心さえあれば経験は問いません。みんな若いスタッフばかりで親切・丁寧に
指導していくのでどしどしご応募ください。
朝7時~夕5時まで。(1時間休憩あり)
ブログ用2
みなさんの力・チームワークのおかげでジャンヌダルクフィスエペールは頑張って行けるのです。
みんなで幸せになりましょう!!!
詳しくは
(022-256-4068)江刺まで

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Author:ジャンヌダルク フィスエペール
仙台市若林区で親父と息子が焼いてるパン屋です。
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